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一時閉鎖します

 投稿者:今城  投稿日:2012年 7月 1日(日)00時11分18秒
   只今を持ちまして、喫茶室を一時閉鎖致します。今後はリードオンリーとなり、読むことはできますが、投稿はできません。大変ご迷惑をお掛けしますが、事情ご理解の上ご勘弁願います。
 
 
 

Re: 有り難う御座いました

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月30日(土)22時48分51秒
  坂田萬蔵さん

 ここまでやって来れたのは、皆様方のご尽力のお蔭で、私の方こそ御礼申さねばなりません。この度は大変ご迷惑をお掛けしますが、一日も早い再開を目指して参ります。それ間で暫くの間、ご容赦下さい。
 

有り難う御座いました

 投稿者:坂田萬蔵  投稿日:2012年 6月30日(土)22時20分55秒
  今城様
 【伊予中世史への招待】【探索・探訪】【談話室】等々今城様の長年に亘る御尽力に心  より感謝と敬意を捧げます。個人の力でよくもここまでと、まことに頭の下がる思いす。
 私のような素人まで御相手頂いた嬉しさを忘れるものではありません。
  お身体がすぐれぬ御様子、どうかごゆっくり休養され、再登場されんことをお祈りいた します。
  また、深い知識と洞察で御指導下さいました皆様方にも心より御礼申し上げます。



 
 

Re: また逢う日まで・・・。

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月30日(土)22時16分16秒
  > No.3752[元記事へ]

黒川さん

 ご丁寧なお言葉、有難うございます。

 ここに集う皆様方にご迷惑をお掛けし、誠に申し訳なく存じます。何とか続けたいと思いましたが、無理は禁物と言われ、思い切ることに致しました。一日も早い復活を心掛けて参ります。その節は宜しくお願い申し上げます。
 

また逢う日まで・・・。

 投稿者:黒川  投稿日:2012年 6月30日(土)18時42分39秒
  今城様
 伊豫の歴史を話す場所を長年に渡り提供して頂きありがとうございます。
 すごく勉強になりました感謝致します。
 このような場所が閉ざされて行き寂しい限りです。
 唯一の楽しみの場所でもありました。またこの場で応答して頂いた方々にも
 御礼申し上げす。またいつの日か復活して話せるようになる事を期待しています。
 今城様。くれぐれも、お体をお大事にいたわりください。
 ありがとうございました。 黒川
 

一日も早い再開を夢みて

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月30日(土)14時32分43秒
   皆々様、お気遣い有難うございます。

 退院後、体調は昨年がどん底で、そこを乗り越えましたのでこのまま続けられないことはないと思っていたのですが、何人かの方から、体調を完全なものにするには無理しては駄目だ、一旦心身共に休養して万全を期すようにと強く勧められ、そのご忠告に従うことに致しました。

 折角ここにお出で下さっている皆様方にご迷惑をお掛けすることは大変心苦しいのですが、以上の次第ですのでご寛恕賜りますようお願い申し上げます。この上は養生に努め、一日も早い再開を目指します。

 皆々様、長い間本当にお世話になりました。厚く御礼申し上げます。
 

今城さま

 投稿者:naoko  投稿日:2012年 6月30日(土)13時06分57秒
  ご健康がすぐれぬ由、お見舞い申し上げます。
ご養生なさってください。
喫茶室の閉鎖はたいへん残念です。
皆様もお元気でお過ごしください。
色々とご指導、ご鞭撻有難う御座いました。
 

今城さまへ皆さまへ

 投稿者:北島  投稿日:2012年 6月30日(土)12時02分1秒
  今城さま、これまでこの貴重な場をご提供いただき、本当にありがとうございました。
表に出ないところでは、大変なご苦労があったものと推察いたします。
私はこの喫茶室に出会えたことで、河野氏歴史探求の魅力にハマってしまいました。
初心者の私にとり、ここで教えを乞うことができないことは大変心もとない限りですが、
ぜひ十分にご養生され、早くお元気になられますこと心よりお祈りいたします。

また、喫茶室の皆様には、いろいろとご指導をいただき、誠にありがとうございました。
 

ありがとうございました

 投稿者:桂伯  投稿日:2012年 6月30日(土)09時52分4秒
  一時閉鎖の由大いにおどろきです
今までいろいろと楽しませて頂きました
遺産保護のご尽力含めどうもありがとうございました
早いご回復をお祈り申し上げます
また、小生の駄文にご返事を戴いた方々にもあらためて感謝申し上げます
 

お疲れさまです。

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月30日(土)00時08分18秒
  > No.3746[元記事へ]

長年ありがとうございました、ゆっくりと休んでください。
また、談論風発を楽しみにしています。
呑舟拝
 

一遍さんの想いを添えて

 投稿者:海遊庵主  投稿日:2012年 6月29日(金)13時54分16秒
  今城先師、永年の尊きご指導・ご厚情に深謝の念を送らせて頂きます。
是非、此れから先も十二分にご養生下されて、再び真見える時節を庵主も傍に添って願っております。
道後の宝厳寺の一遍上人の語録の一節『書きうつす山の高根の雲きえて、筆もおよばぬ月ぞ澄みける』
の心ですね!・・・高縄の山の頂~湯月城の堀の清水に映る月影~誠に瑞々しい面影也。 南無
 

海賊とサッカー

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月29日(金)11時41分21秒
  サッカーを見ているとこれまさしく海賊
人の玉をかっさらう見事さは、まさしく海賊の妙技
スパルタ教育にいわく
盗む事は悪く無い
見つかる事が悪い

シナ大陸の国盗り物語りもまさしく、かっぱらい
いかに逆らい心をおこさせず、かっぱらうか

こそどろの海賊は海賊と言われるが
大掛かりな海賊は海賊とは言われず、英雄と言われる
これ、人心の不思議なるかな
まっこと、おもしろやー
 

Re: 洞庭湖攻略

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月28日(木)19時42分0秒
  > No.3742[元記事へ]

maru阿弥さんへのお返事です。

○いまどき軍事郵便が大量に出てくるとは、物を大切にするご家庭のようですね。

 西太后は国家は自分の物と思っていましたから皇帝よりも強かったみたいですね。
 つまらないことに国費を使い結果的に清朝を弱体化させたと中国人が非難しますね。

 北京の人は海を見たことがないので、彼方此方に大きな池をつくり、海を疑似体験
 させたそうですね。北京の人が言っていたのを想いだしました。

 乃木大将も一途な人で沢山の将兵を死なせてしまいました。
 自分の子供が戦死したのが唯一世間に対する贖罪であったのかも知れません。

 戦争は悲惨です。

 また北京周辺をうろつきたい気になってきました。
 あの排気ガスのスモッグは嫌ですが・・・・・。

 

Re: 洞庭湖攻略

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月28日(木)18時28分26秒
  > No.3740[元記事へ]

呑舟さんへのお返事です。

呑舟さん、おしい、その次の14~16年の作戦のようで
長江の大きさと、西太后の美食の話しはよく聞かされました。

退役後は北京の八幡製鉄にて中国人の部下たちと遊郭に繰り出すやら
日本人が入ると生きて帰れない祭りに、部下たちに連れて行ってもらうやら

最近、軍事郵便が多数出て来て、洞庭湖周辺ののどかな絵はがきもあり
洞庭湖の話しが思い出されます

冬なのか夏なのか、はてさて

よく、シナ人は変わっちょる
撃ち合いしていると、急にシナ人同士が撃ち合いをする(八路軍との撃ち合いか)
日本軍はあっけに取られて、眺めていた

北京の紫禁城の大きな池で、釣りをし
桜の枝を折っていると、クーニャンに叱られたとか

唄は音痴で、「上海便り」はとてもとても
たまに、どどいつぐらい

寒さもはんぱじゃないゆうちょりましたねー
ドアの取っ手に手がはりついて、肉がちぎれる
クリークの話しもよく聞かされましたが

じい様は、青島の要塞の守備につき
もう一人のじい様は、乃木さんの命令のもと二◯三高地で足負傷

シナ大陸の戦いは、まだまだ生々しいものですねー・・・
 

洞庭湖攻略

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月28日(木)09時17分8秒
  > No.3730[元記事へ]

> おやじ殿が日中戦争で洞庭湖を攻めしおり、洞庭湖の広さに驚きしが
> まことさもありなん

●maru阿弥さんの父君が洞庭湖周辺攻めをしたとか?

 時は昭和12~13年の出来事ではないでしょうか?
 洞庭湖の広さに驚愕されているようですが、厳冬期と夏季では相当ちがうと思われます。
 琵琶湖の4倍か40倍かの差があるようです。

 ふと当時流行った軍歌「上海便り」を思い出しました。
 同軍歌は極寒の進軍を謳いあげます。

『 極寒 零下の  戦線は

  銃に 氷の  花が咲く

  見渡す 限り  銀世界

  敵の 頼みの  クリークも

  江南 の春  未だ知らず 』

 雨季であったなら絶望感が漂います。

 たぶん、

『 あいつがやれば  僕もやる

 みてろ 今度の  激戦に

 タンクを 一つ  分捕って

 ラジオニュースで  聞かすから

 待ってて 下さい  お母さん 』

 と鼓舞して進軍したのでしょう・・・。

どちらの時期でも困難な進軍だったと思います。

 ふと想いだしました。 戦争は嫌です。

 

水軍戦の難所

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月27日(水)11時38分48秒
  大河の水軍戦、腕の見せ所はやはり水路に通じているかどうか
川底の浅瀬に熟知していないとすぐに座礁・転覆
魏の水軍は長江上流に熟知した蔡瑁 ・張允
呉の水軍は下流に熟知した周瑜
ために魏の水軍は下流の水路に慣れていない
さらに、河の流れ、風も異なり

日本においても、源氏に三浦水軍ありと言えども
瀬戸の潮流・浅瀬には熟知されていない
ゆえに河野水軍の活躍あり

大河といい海といい、隠れた難所は
地元の水軍でないと、わからんものですなー
 

海賊と海のサムライの対決

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月26日(火)10時37分59秒
  少し前、タイムスクープハンターにて海賊と海のサムライの対決が放映
海賊は焙烙を投げ海のサムライたちは苦戦
硝石が手に入らぬためヨモギを栽培、地面に埋め硝石を手に入れたとか
時代は秀吉の海賊禁止令の後とあって、海の抵抗勢力を賊軍扱いしているのであろうが

海のサムライを海賊衆ともちらっと、述べたが、はてさて
衆を付ければ、賊でもいいのか
これは文献上に出ているからこう述べるらしいが
武吉自体、警護衆を好んで使われたよし
さもありなん

海賊衆の言葉を使う時気をつけるべきは、海賊と衆の間に何の言葉が省略されたか
海賊を行う衆なのか
海賊を追捕する衆なのか

火付け盗賊の衆なのか
火付け盗賊を改める衆なのか

日本語は簡略されると、おうおうにして味噌も糞も一緒になる場合がありますが、はてさて・・・
 

海も河も女も穏やかなる姿

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月26日(火)10時21分13秒
  大河の流れは千変万化
河野氏の大河? 石手川においても叛乱を繰り返し、古代松山の民は右往左往
後の松山城の麓周辺は湿地帯の沼だらけ
加藤嘉明も手を焼き河川の変更大工事
その、重信川も暴れ川

大河が暴れる時は、海が暴れる時以上に一カ所に集中する為
被害甚大
海も河も女も穏やかなる姿にだまされるべからず
 

洞庭湖

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月26日(火)02時19分34秒
  洞庭湖は単なる水溜りと思います。
長江が遠い源流から流れてきて、洞庭湖あたりでは陸の高低差がほとんどありません。
よって、乾季に低い所に溜まっている水の量が面積で琵琶湖の4倍程度で、
増水期にその40倍程度になる怪物とも言われています。

高低差はありませんので流れは緩やかです。鳴門の渦のようなことはありません。
水溜りですから水深も確か2~3M程度のものです。

長江の周りにはこの様な湖はたくさんあります。2~3か所見てきましたが、広いですが
いづれも濁った浅い湖です。近頃はペットボトルが結構浮いています。汚いです。

しかし魚や淡水真珠の宝庫でもあります。

規模はとても小さくなりますが、日本で言えば利根川流域における、霞ヶ浦や印旛沼を想起して
もらえば分かりやすいと思います。
日本の川は滑り台ですから、台風の後でも1日程度で雨量がすべて海に流れます。
もったいないからダムを作ったり、四国では溜池を作って水を温存します。
あちらは国土が広いので、上流の雨は1ケ月ぐらいたたないと下流に来ないくらいのんびり
しています。

よって向うの水の上の戦いは、風や気候等に影響されることはあっても
「壇ノ浦の合戦」のように汐の流れのような影響はほとんどありません。
もっても湖ではなく河、江では人の歩く程度の流れはありますが。

日本のイメージとは違うのですね。
 

Re: 赤壁の戦いと松山市・・・また訂正

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月25日(月)13時07分24秒
  > No.3730[元記事へ]

松山市と赤壁の比率も間違っておりました。
微妙に縮尺が違いますれど、ご参考までに
一番狭い所で、松山市の堀江の海岸くらいの幅でしょうか・・・
狭くなった分、潮流はすさまじいでしょうなー

あー、また痴呆が出始めたわい・・・
 

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