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Re: 赤壁の戦いと松山市の・・・洞庭湖訂正

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月25日(月)12時55分1秒
  洞庭湖の縮尺が間違っておりました
前のはしまなみとの比較用
松山市との比較用はこちらをご参考まで
この広さなら、新米の水平の調練位はできますなー
 
 

赤壁の戦いと松山市の広さ比べ

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月25日(月)12時44分18秒
  松山市には卑弥呼の時代の少し後の古代古墳があったなれど、今は壊され駐車場
この御仁なら知っていたであろうが
卑弥呼が友好を結ばれていた魏の国は水軍が弱かった
騎馬隊等、陸の戦いには強かりしも水戦には弱く、赤壁の戦いにて呉の水戦の名将・周瑜に大敗を喫す
揚子江といえども川だろうと馬鹿にしていたが、なかなかに
石手川の倍? いやいや、重信川の倍、いやいや
まったくもって驚いた
一番狭い所でも、松山市がすっぽり水没してしまう
魏の曹操が水軍の調練をさせたと言われる洞庭湖においては
ゆうにしまなみ海道が飲み込まれてしまう、恐れいった

おやじ殿が日中戦争で洞庭湖を攻めしおり、洞庭湖の広さに驚きしが
まことさもありなん
いまさらもって、大陸の水軍戦の妙に感じ入るなり
 

独り言

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月25日(月)00時04分40秒
  > No.3728[元記事へ]

なかなか腹芸は巧みなるも色にでにけり
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月24日(日)22時52分51秒
  > No.3727[元記事へ]

海遊庵主さん

> 四海波しずかにて国も治まる時つ風~ 穏やかな新たな船出を願っております。南無

 そうであることを私も願っております。宜しく。
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:海遊庵主  投稿日:2012年 6月24日(日)20時43分32秒
  > No.3726[元記事へ]

今城さんへのお返事です。

> 皆様方へ
> 呑舟さん

四海波しずかにて国も治まる時つ風~ 穏やかな新たな船出を願っております。南無
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月24日(日)19時11分32秒
  > No.3725[元記事へ]

皆様方へ

呑舟さん

 早速ご承知いただき、有難うございます。

>  ただ歴史談義における見解の相違の投稿はディベートとしてお許し頂きたい。
>  「論には論を以て対処すべき」と考えます。

 これは当然のことと思います。きちんとした根拠に基づいて論を交換しあうこと、それこそ歴史談義の真髄でしょう。相手をけなしたり、高飛車に決め付けたりするのは絶対に認めることは出来ませんが、論に対し論で応じる真っ当な歴史談義を続けて参りましょう。

皆々様

 ほかの皆様方も異論は無いと存じますので、今度の一件は雨降って地固まる結果となるよう、力を合わせて進んで参りましょう。宜しくお願い申し上げます。
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月24日(日)17時24分38秒
  > No.3724[元記事へ]

今城さんへのお返事です。

●いきさつの細かい相違については当方にも反論の余地はありますが、
 今城さんが仰るように虚しいだけでなんら実はありませんので止めます。

 よってこれで終息しましょう。

 ただ歴史談義における見解の相違の投稿はディベートとしてお許し頂きたい。
 「論には論を以て対処すべき」と考えます。


 今城さんの体調のことも以前から知っています。
 御苦労をおかけして誠に申し訳ございませんでした。

 呑舟拝



> 呑舟さん、そして皆々様
>
> > 北島さんの仲裁もありましたので、不毛な論争は止めましょうと終息宣言をだしました。
> >
> > その後に、再度私に侮辱的な言質を投げ込んで再宣戦してきたのは、貴方の長年の友人である庵主さんでは
> > ありませんか? 再開させたのは私ではありません。勘違いしないで下さい。
>
>  お二人の遣り取りを読んでいた者から見ますと、ここが全然違うのですね。北島さんの仲裁投稿に先ず呑舟さんが、続いて庵主さんが返信し、私はこれで終わったと安堵しました。庵主さんが呑舟さんに再宣 戦したとは全然思いませんでした。
>
>  安堵したのも束の間のこと、呑舟さんが庵主さんの北島さんへの返信の中の文言に噛み付きました。ですから呑舟さんが再宣戦したと思ったのです。
>
>  だけどそんなことを論議しても虚しいばかりです。肝腎なことはここ「喫茶室」で歴史談義を気持ちよく続けるかどうかです。一切を水に流して従来通り歴史談義を続けようと言うことでしたら、この話はこれで打ち切りましょう。
>
>  そうはいかないと仰るなら、何らかの措置を採るしかありません。措置としては複数考えられます。暫く休みとするか、閉鎖するかです。ここも随分長くなりましたし、私も歳ですので聊か疲れました。ごたごたは勘弁して下さい。収まらないようでしたら、このどちらかを選ばせて貰います。
>
>  以上
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月24日(日)16時02分55秒
  > No.3723[元記事へ]

呑舟さん、そして皆々様

> 北島さんの仲裁もありましたので、不毛な論争は止めましょうと終息宣言をだしました。
>
> その後に、再度私に侮辱的な言質を投げ込んで再宣戦してきたのは、貴方の長年の友人である庵主さんでは
> ありませんか? 再開させたのは私ではありません。勘違いしないで下さい。

 お二人の遣り取りを読んでいた者から見ますと、ここが全然違うのですね。北島さんの仲裁投稿に先ず呑舟さんが、続いて庵主さんが返信し、私はこれで終わったと安堵しました。庵主さんが呑舟さんに再宣戦したとは全然思いませんでした。

 安堵したのも束の間のこと、呑舟さんが庵主さんの北島さんへの返信の中の文言に噛み付きました。ですから呑舟さんが再宣戦したと思ったのです。

 だけどそんなことを論議しても虚しいばかりです。肝腎なことはここ「喫茶室」で歴史談義を気持ちよく続けるかどうかです。一切を水に流して従来通り歴史談義を続けようと言うことでしたら、この話はこれで打ち切りましょう。

 そうはいかないと仰るなら、何らかの措置を採るしかありません。措置としては複数考えられます。暫く休みとするか、閉鎖するかです。ここも随分長くなりましたし、私も歳ですので聊か疲れました。ごたごたは勘弁して下さい。収まらないようでしたら、このどちらかを選ばせて貰います。

 以上
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月23日(土)14時21分16秒
  今城さんへのお返事です。

貴方の仰っている考えは以前から存じております。

ですから、私も貴方の庭先でディベートと感情論争では話がどこまでいっても庵主さんの話とは
かみ合わないので
北島さんの仲裁もありましたので、不毛な論争は止めましょうと終息宣言をだしました。

その後に、再度私に侮辱的な言質を投げ込んで再宣戦してきたのは、貴方の長年の友人である庵主さんでは
ありませんか? 再開させたのは私ではありません。勘違いしないで下さい。

ですから、削除する前に「二人ともいい加減にしろ!」と双方に警告するものと思っていました。
管理人さんの指示であるならこのサイトに於いては「時の氏神」の声となりますから
私もゴタゴタが続くのは元々好みません。「はいわかりました」とただちに「ホコを納める」つもり
でした。

それに対し、貴方は第三者が見ても経緯が分からなくなるように「因果関係記事」をすべて削除してしまい
ました。

いつもこのサイトを眺めている私の知人たちから「なにがどうなってこうなった?」
の質問を複数もらったので、
関連記事を復元の上、どこがどう気にいらないと指摘して頂きたいと
投稿したまでです。

貴方は貴方の友人のしたことは不問に付し、私には一方的に退場を勧告しそれをしないならば
さらなる措置をとるとのことですね。

世間的にはそれを普通「片手落ち」と言います。

それでは私も納得できません。

庵主さんは私にとっては長年のメル友です。
貴方が私にきつく対処している時もやさしく庇ってくれたことも何度もありますから
別に彼との論争はディベートであって「ケンカ」していたわけではありませんでした。

いまでも庵主さんが「侮辱した言葉を使ったのは悪かった、もうやめよう~」とすれば
すぐでも収まります。

よって私は「貴方の措置は「片手落ち」と抗議しているのです。

貴方の私への文は私宛のみではなく庵主さんにも送付すべきと考えますが・・・。

次の措置は貴方が以前ある投稿者に行った、投稿者への投稿拒否機能を駆使し「意見封殺」をした
ことであることは容易に想像できます。
それも管理者の特権ですから、とやかくは言いません。

その場合は私の記事は貴方のサイト関連からすべて削除して下さい。
私の立ち上げたスレッド、本文、別ブログの倉庫、記事、および私が投稿した写真や
古文書記事をふくめてお願いします。

たかが大山祇神社の説明から始まった話がくだらない方向になりましたね。

まったく馬鹿馬鹿しい!

別に退出するのは気にはなりません。どうしてもとされ、私の条件が叶うなら
そう宣言してください。

気に入らないからまたこの文も削除するのでしょうがそれは24時間待って下さい。
知人たちが、見ることができませんので よろしく。

呑舟拝


> 呑舟さん
>
>  談話室ゆづき及び喫茶室ともに、元は文化財フォーラム愛媛及びその前身の道後湯築城跡を守る県民の会のサイトの掲示板でした。そのサイトが閉鎖されることが決まった時、多くの人から掲示板を続けて欲しいと要望されましたので、私が引き取り、以後総て私の負担で歴史談義の場として維持し現在に至っています。従って喫茶室は私個人のサイトの掲示板であって、公共事業やどこかの団体のサイトの掲示板ではありません。ですから今回の論争は個人の家の庭先で行われたようなものです。
>
>  その論争も一旦は収束宣言が出されましたので、やれやれ終わったかとほっと致しました。これで終わっていればとやかく言うつもりはなかったのですが、その後再開宣言が出ました。これは他人の庭先でごたごたを再開するとの宣言です。この場所を弁えぬ行為は私の神経を逆撫でするもので、続けるならご自分のサイトでやってくれと怒鳴りたくなりました。実際、みんなの迷惑にならぬようにと場所を変えた例を何度も見ております。再開するならご自分のサイトに場所を移すと言うような配慮が欲しいところでした。
>
>  そこで今回の論争に関係する投稿を総て削除することに致しました。家の庭先で揉めごとをこれ以上続けられるのは不愉快だからです。この措置にご不満でしたら、どうぞご退出下さい。これ以上ごちゃごちゃ仰るなら次の措置を取るしかありません。
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:今城  投稿日:2012年 6月23日(土)11時37分0秒
  > No.3712[元記事へ]

呑舟さん

 談話室ゆづき及び喫茶室ともに、元は文化財フォーラム愛媛及びその前身の道後湯築城跡を守る県民の会のサイトの掲示板でした。そのサイトが閉鎖されることが決まった時、多くの人から掲示板を続けて欲しいと要望されましたので、私が引き取り、以後総て私の負担で歴史談義の場として維持し現在に至っています。従って喫茶室は私個人のサイトの掲示板であって、公共事業やどこかの団体のサイトの掲示板ではありません。ですから今回の論争は個人の家の庭先で行われたようなものです。

 その論争も一旦は収束宣言が出されましたので、やれやれ終わったかとほっと致しました。これで終わっていればとやかく言うつもりはなかったのですが、その後再開宣言が出ました。これは他人の庭先でごたごたを再開するとの宣言です。この場所を弁えぬ行為は私の神経を逆撫でするもので、続けるならご自分のサイトでやってくれと怒鳴りたくなりました。実際、みんなの迷惑にならぬようにと場所を変えた例を何度も見ております。再開するならご自分のサイトに場所を移すと言うような配慮が欲しいところでした。

 そこで今回の論争に関係する投稿を総て削除することに致しました。家の庭先で揉めごとをこれ以上続けられるのは不愉快だからです。この措置にご不満でしたら、どうぞご退出下さい。これ以上ごちゃごちゃ仰るなら次の措置を取るしかありません。
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月23日(土)08時17分53秒
  > No.3719[元記事へ]

論争に呼応するようにまたイタヅラメールが入ってきましたね。
私とは関係ありませんので、そちらを削除するのは正当です。
私との関連はありませんので、あらかじめ申し添えます。
 

Re: 阿波の河野氏由縁の地を訪ねて④

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月22日(金)18時53分48秒
  > No.3658[元記事へ]

北島さんへのお返事です。

> ただ、この神社がある場所は、旧吉野川と吉野川の合流地点なので、もしかして・・・、
> 伊予から船でやって来た河野氏が「ここに地の利あり」と判断して上陸したのでは?
> と想像するとちょっと面白い気もいたしました。(ご参考までとして)

阿波の河野氏はかなり勢力を持っておられたようですから
大河の分岐点は必ず押さえるはずです。
河野一族の、夢の跡でほぼ間違いないでしょう。

松山市においても、名も無い大山祇神社と河野氏との由縁が消えかけています。
阿波においてはなおさらの事と思われますが
大河の流れのポイント、河野氏が見逃すはずがありません。
 

Re: 鎮西為朝は伊予で没したのか

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月22日(金)18時45分0秒
  黒川さんへのお返事です。

> 滑川の寺にそのお墓があると書いています。信じてはいませんが、今度時間があれば見てきたいと思います。

為朝祭りやられてました
何度か行きましたが、焼き肉がうまかったような
弓道部の猛者も来られていましたねー

松山の山越えにも為朝の弓が長距離飛んだ伝説が残っています。
滑川と松山、何か縁があったのでしょうねー

ちなみに、松山の弓道、全国的にも結構強いようです。
 

Re: 清盛の里・呉水軍に空母なり

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月22日(金)18時35分6秒
  > No.3705[元記事へ]

海遊庵主さんへのお返事です。

> 垂直離着型最新鋭の両翼に大きなプロペラを着けた~なんとか?
オスプレー、岩国でもめちょりますなー
吉川殿が飛び出してきそうですが

>呉(くれ・で・ご・とは読まないで)
呉の国、くれる方向、真西にあるので、くれ、とか
 

Re: 清盛の里・呉水軍に空母なり

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月22日(金)18時25分25秒
  今城さんへのお返事です。

>  maru阿弥さんがご覧になったのは、ヘリ空母でしょう。海自はまだ空母は持っていません。

そうですねー、ヘリ空母
197メートルということはー、腕のいいパイロットなら
離着陸可能かも・・・
着艦フックもいるな・・・
 

Re: 男装の天才琵琶師・鶴田錦史、河野水軍を唄う

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月22日(金)13時06分26秒
  > No.3713[元記事へ]

maru阿弥さんへのお返事です。

私が今城さんへ問い合わせる度にすかさず、別記事を投稿して私の記事を過去に追いやるように
見えますね。今城さんへの友情の証しでしょうが、他人も見ていますよ。
気持はよくわかりますが・・・。
 

男装の天才琵琶師・鶴田錦史、河野水軍を唄う

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月22日(金)10時42分13秒
  山頭火を研究されている友より、
映画「怪談」
壇ノ浦の合戦シーン、5分間、錦史の琵琶と歌が流れる

源平両軍船出して壇ノ浦にて … 伊予のの国の住人河野通信、四国の海部を率い …

と唄われているとか、
天才琵琶師の唄、是非聞いてみたいものですなー
 

Re: 今城さんへ

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月22日(金)10時12分39秒
  > No.3710[元記事へ]

●今城さん 今度はだんまりですか?
 貴方のブログですから、貴方の好き嫌いで問答無用で投稿文を削除するのは勝手ですが、
 記事は私の記事で、関連して北島さんや、黒川さんの記事も消されました。

 私の記事の内容が気に入らないのは想定内ですが、北島さんや黒川さんに失礼ではありませんか?
 公序良俗、誹謗中傷した記事ではありません。残るは管理人が不適当と認めた記事と思われますが
 不適当とするには恣意的な判断となります。
 投稿してわずか数時間で関連記事すべてを貴方は削除しましたので、一般読者から一体どのような
 ことが起こったのか分からないとの問い合わせが来ています。
 削除文を復活の上、削除理由を丁寧に説明する必要があると考えますが、如何でしょうか?


> 庵主さんへの反論をなぜ何ら断りもなしに削除されるのですか?
> 削除機能は管理者にしかありません。削除は誹謗中傷等と限られているのではないでしょうか?
>
 

カヌーと山の神、和船と大山祇神

 投稿者:maru阿弥  投稿日:2012年 6月21日(木)18時47分49秒
  ポリネシアかどこかの島で遠洋航海のカヌーを造りしに
山の奥へと巨木を探しに入り
巨木を見つけると、山の神に感謝の祈りを捧げ、切り倒す
その巨木を何日もかけ海岸へ運び、巨大なカヌー
遠洋航海のカヌーへと生まれ変わる。
海の民のカヌーは、山の神からの授かり物

日本の船は不思議とカヌーの構造を伝え、準構造船が主流
基礎の部分にカヌーのくり舟を据え組み立てる
倭国の海の民たちも、山の神に感謝し山奥から巨大な木を切り出したのだろう
山の神は海の神
和船と大山祇神の関係を眺めておりますと
南方の島々の海の民と相通じるところが見え隠れ
面白いものですなー
 

今城さんへ

 投稿者:呑舟  投稿日:2012年 6月21日(木)18時21分26秒
  > No.3709[元記事へ]

庵主さんへの反論をなぜ何ら断りもなしに削除されるのですか?
削除機能は管理者にしかありません。削除は誹謗中傷等と限られているのではないでしょうか?
 

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