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  • Re:再び重ねてご進言の義

  • 投稿者:海遊庵主
  • 投稿日:2011年 5月 5日(木)11時34分12秒
 
時の流れを偲び~想う御心は、一筋の光明を見つめて辿る旅路為るかと。
庵主も水軍丸船長の時代から・今城先師との御縁にて、伊予之歴史を辿って知り得る事柄は、多岐に渉って迷い道に誘い込まれる事、屡なりて~遊行笑人にて先祖由縁の地を只管に諸国漫遊~備前国佐々木盛綱の古縁の領地~その家系を継ぐと聞く・小豆島の佐々木信胤(のぶたね)と~細川定禅(其の弟は皇海にて・・土佐国大津天竺細川禅門と)との由緒を辿ること奥の細道を先祖の仏門(時宗)出家の始祖一遍上人の本願に導かれて、今日に至り、平家の平安から源氏の鎌倉時代に雌雄を決した『源平合戦の古戦場』の地・瀬戸内の古里(庵治・牟礼・讃岐と小豆島)の地に本館・番屋・仮の庵と終の棲家海遊庵を備えて安堵~併せて傷ついたか身体を癒す讃岐之国の奥座敷・行基開祖の塩江温泉郷の湯宿の内場の小里は、源平合戦の阿波から~讃岐之国へ大坂峠を越えた際に、国境までお迎えに行かれた、内場城主・藤沢道信と合い携えた湯の里と、重ねて何故か・讃岐国一宮近くの船岡の里・船山神社の在・百相(百合)城主・河野三郎なる人物の存在が地元の古歴史に見え隠れするのは何故なのか???!!。
阿波と讃岐之国境の山懐に、今に至っては其の面影を日々に朽ちる姿を残す、阿波脇町と讃岐塩江の国境の清水峠を越して、鎌倉時代末期の変遷の時代に耐えて今の世にそのやつれた面影を薄っすらと残す
石塔の哀れな姿こそ諸行無常の響きを受け止める庵主の今の仏心『念』為り哉!?。
是非、河野氏の古縁の結わく縁故を辿るには今一度、『伊予と讃岐と阿波と土佐』の国々への想いを重ねてくだされ度お願いします。南無


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