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  • 現・石手寺梵鐘(重文)【大野直森(友直)供養鐘の変遷を追う

  • 投稿者:呑舟
  • 投稿日:2012年 4月14日(土)17時49分53秒
 
以前黒川さんに現物を見てきてくれませんかと依頼した鐘で、鐘衝堂が閉鎖されており見れなかった鐘です。

この鐘は天文14年(1545)久万大除城主大野直森(友直)の供養のために父、大野利直が天文17年(1548)
の直森の三回忌に大野家菩提寺菅生山大宝寺に寄進したものです。
この後なぜか、石手寺に持っていかれてしまった。
この鐘の鋳造は建長3年(1251)6月8日と刻印があるから直森の三回忌に鋳造されたものではありません。
この刻印を証拠として、現在の石手寺情報は建長3年からあたかも石手寺にあったかのような記事が
はびこり始めているのは遺憾である。

旧「久万町誌」は
『天文十三年(1544年)五十二歳の時長男友直
に家督を譲ったが、その友直が翌年死去した為
利直は再び大除城主となり、天文十七年
(1548年)友直追善のために菅生山大宝寺に
梵鐘を寄進している。

  任御示現
   彼鐘自河内国来臨也
 一山大法主
 菅生山大宝寺  別 當
   大旦那大伴朝臣大野
   紀刕利直一結衆
   東西真俗施主等
 天文十七戌申年十一月吉日
      三十貫合作涼岸
            妙一
            吉久
この鐘は現在、松山石手寺にあって、国の重要文
化財に指定されており、鐘銘に「菅生山大宝寺一山
大法主、大旦那大伴朝臣大野紀刕利直」の文字
また、「天文戌申十一月吉日」の文字があるから
疑う余地がない。この前後、利直は周布郡剣山
城主黒川通俊と結んで久万山勢を率い、井内峠
を越えて、戒能通運を小手が滝城(川内町大字
井門、中野の東方標高520M)に攻めて激戦を
交え、その用水を絶った為、城は陥った。
通運は逃れて更に大熊城(河内町大字即之内
標高905Mに寄ったので利直・通俊らは進んでこれを
囲んだが、この山城は一ノ森、二ノ森、三ノ森の
三段の急峻をなした要塞で攻めるに困難を極めた、
遂に空しく囲みを解いて退いたが勝ち二に乗じた
城兵の追撃が急で、黒川通俊は馬を射られて自殺し
利直はかろうじて久万山に引き上げた。』
と書いてある。

この町史には重大な不備がある。

鐘の刻印は上記の通りであるが、それ以前の刻印に鐘の出自を示しているがそれを省略してしまって
いる。その刻印は・・・・。


『興隆寺建長三年(1251)歳次辛亥六月八日
 願主 僧良順大徳  僧慶賢大徳
 大工 河内国丹次国忠』

この河内国丹次(治)国忠の名に惑わされ、この鐘に直森追善刻印をする時(天文17年)に間違いを
刻印してしまった。

『彼鐘自河内国来臨也」(この鐘は河内の国から来たものです)と。

この記事に惑わされ長年河内国興隆寺を探索していましたが見つかりませんでした。

見つからないのは当たり前でこの興隆寺は
「伊豫國道前分桑村郡古田郷西山興隆寺」でした。

大工(鋳造師)丹治国忠は奈良の大仏を鋳造した河内鋳物師衆の流れを組む一人で
建長時代は大物鋳造の場合は現地に出向き鋳造する「左方作手」の一員のようです。
よってこの鐘は河内国から来たのではなく、現「愛媛県西条市丹原町古田の興隆寺付近」で
鋳造されたものと思われます。

この地であるならスポンサーは黒川さんちではないかと考えます。
建長3年の黒川家の当主はどなたか、黒川さんわかりませんか?
この鐘の鋳造主が黒川家であれば「石手寺」の鐘の本来の所有者は黒川家となります。
尚、現在の興隆寺の鐘は弘安9年(1286)年に再調達されていますから、
この直前後に大野家は譲り受けて菅生山大宝寺に寄進したとしてもおかしくありません。

となると「上川村大野系図」の『天文17年寄進』が異同をおこします。

黒川文書になにか記述はありませんか?天文17年ですと黒川通俊の次の代と思われますし・・・。

この鐘のことは「大坂府立博物館」の研究リストにありました。













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